
精神保健福祉手帳保持者が産後うつから回復したきっかけ|どん底から変わった人生
どん底だったコロナ禍と失職
私の人生が大きく動いたきっかけは、コロナ禍で会社が倒産の危機に陥り、解雇されたことでした。
正直、
「ここまでうまくいかないことってある?」
と思うほど、すべてが崩れていきました。
当時は睡眠導入剤を飲まないと眠れない日々。
心も体も限界に近い状態でした。
薬が合わない苦しみと断薬への決断
治療の過程で、私は7種類の薬を試しました。
- 薬を変えるたびに薬剤アレルギーが出る
- 禁忌薬が増えていく
という状況に陥りました。(のちに成人量の1/4で効く、薬剤過敏体質だと気づくのですが)
そこで主治医に相談し、
「薬を減らしたい」「最終的には断薬したい」
と決断しました。
信頼できる主治医との出会い
転機となったのは、
心から信頼できる主治医に出会えたことでした。
診察後に、
- 少し笑顔になれる
- 心があたたかくなる
そんな感覚を持てる場所に出会えたのです。
それまで人を疑ってばかりだった私が、
「少しは人を信じてもいいかもしれない」
そう思えるようになりました。
「人生一度きり」と思えたことで変わった選択
価値観にも変化がありました。
「どうせ人生一回なら、結婚したい」
そう本心から思えるようになり、婚活を始めました。
すべてを一人で抱え込んでいた過去
それまでの私は、
- 専門職としての責任感
- 成果主義のプレッシャー
の中で、
「全部ひとりでやらなければいけない」
と思い込んでいました。
「無価値でもいい」と思えた転換点
転機は、
「無価値でもいい」
と自分に許可を出せたことでした。
そこから、
- 無理をしない
- 抱え込まない
という選択ができるようになりました。
結婚・妊娠、そして出産へ
メンタル疾患を抱えながらも、
- 結婚
- 妊娠
- 出産
を経験しました。
生まれてきた子どもは、
2500g未満の低出生体重児(リトルベビー)
成長曲線の下をたどり、市の保健師さんによる定期フォローを受けました。
「支援する側」から「支援される側」へ
子どもをきっかけに、
- 助産師さん
- 保健師さん
と定期的に関わるようになりました。
それまで私は、
「支援する側」でしたが、
「支援される側」になったことで大きな気づきがありました。またこれまで悪化してから嫌々通院していた病院も、妊婦健診だと周りの人も全然違うことに驚きました。トツキトオカの妊婦健診は払ってよかったと思えるあたたかい時間でした。/p>
産後の不安と現実
赤ちゃんはよく寝ないタイプで、
「産後うつが再発するかもしれない」
という不安もありました。
さらに、
- 生後4カ月でも産後ケア施設に断られる
- 思うように支援が受けられない
といった現実にも直面しました。
保育園という新たな選択
そこで選んだのが、
一時保育・保育園の利用でした。
何気ない会話が心を救った
実際に通い始めて気づいたのは、
「たわいない会話の力」
でした。
保育士さんとの日常のちょっとした会話だけで、
心が少しずつ回復していきました。
仕事復帰という次の一歩
そして、
保育園入園と同時に仕事をスタート
新しい働き方へと踏み出しました。
まとめ|回復のきっかけは「人とのつながり」
産後うつから回復するきっかけは、
- 信頼できる主治医との出会い
- 人を信じてみようと思えたこと
- 支援を受け入れたこと
- 日常の会話
でした。
最後に
以前の私は、
「一人で頑張ることが正しい」
と思っていました。
でも今は違います。
「頼っていい」
「支えられていい」
そう思えるようになりました。

